このごろ、競争に調子よく参加していることに抵抗を感じるようになってきました。
なんとか自分に競争環境なんだからと言い聞かせてますが、すっきりしないです。
負けるのもいやなのですがいやいや競争に巻き込まれているようで。
地球資源の有限性を前提に人間が欲を犠牲にせず、生きるには生産性を高める必要があります。
生産性のアップのためには競争原理が有効です。
地球の自然な現地生産物を現地で普通に消費していれば生きられるということであれば生産活動の高度化はある程度ですむと思うのですが、強者は過度に所有を続けますので自然な消費が害されます。
より、国家による富の再配分を強化したり、企業には利益責任以外の多くの社会的責任を課すことをグローバル環境では世界規模で実施する必要があるといえます。だいふ安定すると思います。
世界的な金融パニックや資源の異常な価格変動が起っています。
従来の投資活動にたいし、虚業である金融投資の規模がまだふくれあがっています。
行政組織や大企業などの「強い組織」にいない限り、生活の糧を自分で調達する必要性は増します。また、災害時など死活問題になります。弱い個人は組織メンバーとして何とか安全に生きようとしています。小さい頃から勉強していい学校いい就職というのはそうした怖さがあるからですよね。
生きている以上変な死に方はしたくないです。だれもが、そう思うと思います。本来経済活動は、そうした人間の生活の安全や働く楽しみをあじわう場です。そうした観点から不当蓄財やその他の問題を国民・政府がしっかりチェックする必要があります。
イノベーションというとこでどんどん新ビジネスで新しいサービスを展開するサプライヤーが参入してます。確かに楽しいのですが競争が激化しているようでなんか不安です。
管理された競争であれば有効です。価格競争すべきでない分野もあります。
同業者がいれば競争が起ります。その結果消費者がより欲しい商品が供給されます。
しかし、負け続けたもしくは、事故などで戦いに参加できる状況じゃなくなったからといって死につながるような仕組みでは社会といえないということだと思います。
日本の新卒一括採用や企業で人材を育成する気がない余裕がないというのは未熟だといくことでしょう。前提から崩れています。
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